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私のパフォーマンス理論 vol.47 -科学的思考と競技外の知識- - Japan In-depth

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 為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

【まとめ】

  • 競技者には、科学的思考が必要であり、科学的思考とはシンプルに言えば、物事を説明しきろうとする姿勢のこと
  • 競技以外の世界での常識を知っておくことが科学的思考に効果的
  • 競技者にとって大事なのは、証明ではなく機能させること

 

競技者には、科学的思考が必要だ。日本のスポーツに一番欠けているものかもしれない。科学的思考とはシンプルに言えば、物事を説明しきろうとする姿勢のことだと私は考えている。なぜウォーミングアップをするのか。最も効率が良いウエイトトレーニングとは何か。そのような問いを立て、すでに説明がされているものであればそれを調べ、もし疑問があれば自分なりに納得のいく仮説を立て、説明を試みる姿勢のことだ。その際に競技とは関係のないことの知識が、案外と役に立った。当たり前とは何かを知っておくことで、それが競技に応用できたりまたはあえて当たり前から飛び出すことができたからだ。

競技者は科学者のように考えることは大事だが、科学者と競技者の役割の違いは理解しておかなければならない。競技者にとって大切なのは誰にとっても正しいことではなく、今の自分に機能することを見つけることだ。そこに答えはなく、知識と過去の経験を元にして何が合理的そうかを自分で考えるしかない。

科学的に証明されていない真実と、ただの迷信の違いは誰にもわからない。引いて見れば競技者は、迷信かまだ証明されていない真実かわからないままに賭けをすることになる。仮に正しいトレーニングをやっていたとしても疑いながらするのと、信じ込んでするのでは効果がまるで違う。競技者は、まだわからないことでも、どこかではこれで行けるはずだと自分に思い込ませて突き抜けなければならない。科学的思考とは、この確率を高めるものだ。

この際に、競技以外の世界での常識を知っておくことで精度が高まることが起こる。競技の世界の常識は、他では非常識ということは往々にしてある。専門分野に長くいると知識が層のように重なり、最後の細部の部分にこだわりそれについて議論が交わされこだわるようになるが、一歩引いて全体を見てシンプルに考えてみると、もっと違うやり方が見えることがある。専門家は専門が故に袋小路にはまるリスクがあり、その際に自分を客観的な視点に引き戻してくれるのが競技外の知識だった。

1、スポーツ科学

とはいえ、当たり前だがこれが一番重要で、スポーツ科学の中で何が正しいとされているのかをしっかりと調べることが大事だった。常にスポーツ科学もアップデートしているし、そもそもかなり自明の当たり前のことがスポーツの現場では共有されていないことがあるから、誰でも読めるようになっている本や論文を読むだけでも随分勉強できる。

2、人類史、進化論

農耕や産業革命を経た近代は人類史からすればほんの一瞬で、人類は多くの期間を狩りをしながら小さな集団で放浪して過ごしていた。近代はとても適応が起きるような時間軸ではない為に、基本的には人類は狩猟時代の環境に適応していると考える方が合理的だ。自分という存在の最も大きな枠組みである人類が、何に適応したかがわかっていれば考える際に参考になる。また、進化の基本的な枠組み(獲得形質は遺伝子しない、適者生存、適応は意図できない)を知っておくだけでも参考になる。

3、行動経済学、社会心理学

人間には認知の歪みがあるので、自分にどのような歪みがあるかを知っておくことが大事だ。社会心理学や、行動経済学の分野で、人間の認知の歪みで興味深いものがあるので参考になった。こちらも2に関連するが、人間が近代的な生活に入ったのは本当にここ最近で、適応している環境としては狩猟時代のものになる。この頃には生存に有利だったものが、現代においてエラーを起こすことがある。

4、ビジネス

ビジネスというと大袈裟だが、仕事の世界で当たり前とされていることがわかっていないと、自分の選択もうまくいかない。例えば競技者のプレゼンで特徴的なのは、自分の夢は書いてあるが、相手にとってのメリットと、収支(特に人が稼働する金額を見積り損ねる)が入っていないことがよくある。同じように何かが流行っている時はそれで得をする人がどこかにいることがほとんどだ。それはビジネスなので全く問題はないが、一体誰が得をするのかを考えておかないと流れがわからずただの駒になってしまう。

知識と言っても、詳しい人に聞いたり、簡単な一般的な本を読むだけでいい。それでも随分見え方が変わってくる。少なくとも、何か怪しげな落とし穴に嵌ることが減るので、是非お勧めしたい。

私は競技者にとっての科学的思考とは、普通にシンプルに考えるとどういうことかを徹底して行うことに尽きると思う。そしてその考えが正しいかを調べて検証する。例えば、自分が行く学校のコーチがいいコーチかどうかをオリンピック選手がいるかどうかで判断してしまいがちだが、年間何人の選手が入り何人が自己ベストを出しているかで判断してみると違う姿が見えてくる。コーチングより、ミダスタッチのように、ブランドで戦っているのかもしれない。幸い、スポーツの世界ではこのように真実を明らかにしてより選手の選択に有利なようにという動きが増えていて、昔よりもよほど考えやすくなっていると思う。

繰り返しになるが、競技者にとって大事なのは、証明ではなく機能させることだ。機能することは往々にして小学生にもわかるほど当たり前でシンプルだ。

トップ画像:Pixabay by DariuszSankowski

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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

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