
ある集落にて
陸前高田市から石巻市までの国道45号線のどこかの地点で、国道を逸れた。霊感が働いたのだ。車は鯛の背びれのような三陸海岸の無数の半島のうちに迷い込んでゆき、山道を登ったり降りたりしながら進んで、ひとつの集落にたどりついた。私はその集落の海に近い空き地に車を停め、三十分ほどあたりを散歩した。
こうした集落ではすべてのひとが顔見知りだろうから、だれかに出会って、おまえは誰だ、どこから来たのだと問い糾されたらどうしようか、とびくびくしていたが、誰とも出会わなかった。
集落がもっている小さな湾はコンクリートの壁で覆われていた。また、小雨が降り続いていて、空は蓋をされたみたいな曇天だった。そのために、三十分の散歩のあとでも、気分は重苦しかった。
私は決心し、壁に近づき、それに触れた。それから腕を組み、壁を凝視して、その色合いや質感を覚えた。雨が強くなりはじめたので、車に戻ってシートを倒し、天板に当たる雨粒の音を聞きながら三十分ほど休んだ。実際のところここはどこなのだろうと思ってアルミニウムの板で地図を調べたが、GPSのピンはあちこちに飛んでいて、自分が鯛の背びれの何番目にいるのかもわからなかった。
この集落は死んでいるのかもしれない、と私はふと思った。
いや、そんなことはないはずだ、きっと誰かがいて、生活をしているはずだ。そうでなければ、ああやって、津波対策の壁をつくるはずがない。
しかし、あれはほんとうに津波対策の壁なのだろうか。
私は気になって、雨のなかをもういちど壁の前まで歩いた。それから、コンクリートの壁に触れた。意識の底からとつぜん、石棺、という言葉が浮かんできた。私は恐怖した。おぞましい言葉だ。ここで暮らしているひとは、私がそんなことを思ったと知れば、きっと激怒するに違いない。
私は自分がそのような言葉を発想したことが怖くなった。その言葉は差別的な感じがし、ひとを傷つけるものであり、暴力であると思った。私は、このような言葉はきっと文章に書かないでおこう、よしんば書いたとして人に見せることは絶対によそう、と考えた。
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