
さて、私はなぜ、いきなり中国語を勉強し始めたのか。
以下についての話はあとからゆっくりするつもりなのだが、私はその前の年から、もう30年以上やりなれた精神科の臨床を離れ(というのは正確ではない。精神科での診療は続けているのだから、「加え」と言うべきか。でも気分的には「住み慣れた町を離れ」という心境なのだ)、大学病院の総合診療科という内科系の科で週に一度、研修医に交じって再教育を受けさせてもらっていた。そこでは毎週、あまりにも多くの発見や気づきがあるのだが、いちばん驚いたのは、中国人の患者さんの受診がとても多いことだった。
総合診療科にやって来る中国人の患者さんは、旅行者であったり、日本の親戚を訪ねて来日した人であったり、中には日本の企業や飲食店で働いていたり商店や会社を経営したりしている人もいる。日本語のレベルもさまざまで、日常会話にはまったく支障がない人から、同行の友人や親族の通訳を介さなければひとことも話せない人もいる。
私が属している大学病院には、中国語と日本語バイリンガルの職員がおり、どうしてもコミュニケーションに困ると、その人を呼ぶことになっていた。とはいえ、毎回、その人を呼び出すわけにはいかないし、連絡しても「いま病棟で中国人の入院患者さんの対応をしていて手が離せません」と断られることもある。
そうなると、明石家さんまさんのCМで有名になった通訳機「ポケトーク」や『医療者のための指差し会話・中国編』といった本の出番だ。また、あたりまえのことだが中国語は漢字を使用するので、筆談でけっこう切り抜けられることもある。
そういうわけで、中国人の患者さんの診療もだいたいの場合はそれほど問題なく進むのだが、やや大げさに言えば毎週ひとりはそういう患者さんに会う中で、私は思った。――ああ、ここで「おだいじに」とか「心配ないですよ。この薬を飲めばよくなります」くらい中国語で言えたら、旅行中などで心細い思いをしている中国人の患者さんは、きっと喜んでくれるのではないかな……。
それに私は、映像身体学科という学科の大学教員としては中国のITの凄まじい進歩に興味を持っていて、いろいろな本を読み漁っていた。たとえば昨年、出版されて大きな話題になった『幸福な監視国家・中国』(NHK新書、梶谷懐・高口康太著)などを読んでも、とにかく「IT化はすごい。中国の津々浦々で老いも若きもスマホを使い、電子決済をしたり自分の動画をSNSに投稿したりしている」、しかし「IT化というのは自分の情報を中央=国家に明けわたすことでもある」、それにもかかわらず「中国の多くの人たちは、それでも便利な方がいいと考えており、情報が当局に伝わって監視されていても情報化のメリットと“幸せ”を感じている」というのだ。
にわかには納得できないが、いずれにしても興味深い。そのうち中国のシリコン・バレーといわれている深センなどを訪れてみたいと考え、そのためにも中国語を少しは知りたいと思った。
そして、なんといってもツイッターで中国に関する情報を発信し続けているアカウント「黒色中国(https://twitter.com/bci_)」が、2018年1月13日に行った次のふたつのツイートが決め手だった。
中国語を勉強する……というのは、部屋にこもって辞書引いて、変な漢字の固い文章を読み書きする地味で暗い学問という印象が私自身にあったが、初めて新疆を旅した時、荒野でも天山山脈でも、少数民族にも通じるのを体験したら「私は何というパワーを手に入れてしまったんだ!」と感動した。マジで震えた
中国語が出来ると、新疆の国境地帯やチベット高原や満州でも、南方の香港・マカオでも、コミュニケーション出来る。中国語学習とは、何千年かけて中国人がアジアで拡大した「文化的プラットフォーム」に便乗してしまう技術なわけで、個人が数年の学習で獲得できる能力としてはかなり強力なものだと思う
これは中国語を学ばないわけにはいかない、とこのときはっきり決めたのだが、それから実際にスクールに通い始めるまでは、なんだかんだと半年もかかってしまった。語学にくわしそうな知り合いに「どこの学校がよいか」と尋ねたり、「NHKのラジオ講座から始めようか」とちょっとやってみたりしたのだが、なかなか波に乗れなかった。
そこで「もうどこでもいいからとにかく通わなければダメだ、自力ではとてもできない」とようやくハラをくくり、ネットで適当に「中国語/教室/夜間」などと検索し、出てきた中でいちばん通いやすそうなところにメールをして、訪れてみたのだ。
そのスクールはさまざまなオフィスが間借りしているビルの中に、1坪ほどのレッスン室をいくつか借りているようだった。メールで指定された部屋に入ると、中はテーブルとイスとホワイドボード、きわめてシンプルだった。
そこに「こんにちは」と現れた先生は、30代だろうか、黒くて長い髪、大きな目、白い肌の韓国女優チェ・ジウを全体に小柄で清楚にした感じのステキな人だった。英語などの講師によくいる「ハーイ!」といったテンションの高いタイプではなく、もの静かな印象だ。私は最初から「もうどこかで習うしかないし、これ以上あちこち探すつもりもない」と思っていたのだが、この先生を見て「なんて感じがいい人なんだろう。この先生について行きます!」と心の中で勝手に弟子入りした。
そして、先生が「今日は体験レッスンですね」と言うのを、「いえ、先生。もうここに決めましたので、今日からふつうにレッスンお願いします」と制して、椅子にしっかりと座りなおしたのだった。
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February 29, 2020 at 04:01AM
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もう中国語を学ばないわけにはいかない、私の理由|おとなの手習い|香山リカ - gentosha.jp
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