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車いすマラソンは私の「命(ぬち)ぐすい」 喜納翼 | 後藤佑季 | 東京2020パラリンピック - NHK NEWS WEB

車いすマラソンの日本記録保持者である、喜納翼(きな・つばさ)選手。

マラソンは走力だけではなく、選手同士の駆け引きやコースへの対応力など、経験が実力となる種目ですが、車いすレースを始めて4年で日本のトップに躍り出た期待の選手です。

そんな喜納選手の強さは、どこにあるのかー。
感染症対策を入念にし、10月末に沖縄での練習を取材させていただきました。

普段は、週に3回のトラック練習と、週に1回のロード練習をしている喜納選手。トラック練習は沖縄市の競技場で夕方から始め、競技場が閉鎖される夜9時まで走り続けます。

取材を進める中で、喜納選手の強さは、3つに集約されるように感じました。

①「体格+調整力」の高さ

喜納選手は沖縄県・うるま市出身の30歳。小学4年生からバスケットボールを始め、高校生のときには国体で沖縄県代表に選出されたこともあります。

大学1年の時、自主トレーニング中の事故により脊髄損傷。おへそから下の感覚がなくなり、車いす生活が始まりました。
一度はスポーツから離れたものの、大学卒業後に見に行った車いすバスケの体験会で、今もコーチ指導を受けている下地隆之さんに声をかけられ、パラ陸上と出会いました。

写真

コーチの下地隆之さん。日本パラ陸連の強化委員にも入っている。

まず、喜納選手の強さについて下地コーチにお伺いしたところ、一つは「体格の良さ」だと話してくださいました。
それが喜納選手を陸上界に誘うきっかけだったのだそう。

もともとバスケットボールをやっていたこともあって、身長が173cmある喜納選手は、体格が小さいとされる日本人にない強みを持っていると言います。
体格が大きく、海外選手にも負けないエネルギーがあり、さらに腕が長いことでいわゆる「ストライド」が大きくなるため、「1回のこぎ」で長い距離を進むことができるのです。

練習中、下地コーチはストップウォッチを手にしていますが、あまり声をかけるようなことはしません。なぜ?と思っていると、コーチからこんなつぶやきが聞こえてきました。

「同じペースを正確に刻める選手(例えば、トラック1周60秒、というペースを守れること。55秒になったり65秒になったりする選手もいる)はマラソンに向いているけど、刻めない選手もいるんです。翼はきれいに刻めるんですよね!」

トラック1周を同じタイムで走るためには、疲れ具合などの自分の体の状態から、どんな力の入れ方をするとどうスピードに結び付くのか「今、自分の身体が分かっている」ことが必要になります。
体格とそれを活かす「+α」の自己認識力の高さが、喜納選手の強さの第1のヒミツのようです。

写真:笑顔の喜納選手(右)と、下地コーチ(左)

ベンチで休む時は、笑顔が絶えない2人

② 苦手意識を「好き」に変えた下地コーチへの信頼感

障害を負ったとき、あまり後ろ向きにならなかったという喜納選手。

「不便を感じましたけど、逆に今、出来る事や残されているものってなんだろうと目を向けることもできました。そうすると、まだこれも残ってる、あれも残ってる、いろんなことできるじゃん!と思えたんです」

なぜそう思えたのか。一番大きかったのは、井上雄彦さんの漫画『リアル』(※車いすバスケが舞台)を読んでいたこと。そのおかげで、車いすの世界が“全く知らない世界”ではなかったといいます。

―それならば、もともとバスケをやられていたことですし、車いすバスケを選んでいてもおかしくないですよね…?

「そうなんですよ。すごいワクワクして車いすバスケを見に行ったんです」


見学に行ったスポーツ施設で働いていたのが、下地コーチでした。「車いす陸上もあるよ」と声をかけられたそうですが、当時、陸上には興味がなかったという喜納選手。その後、車いすバスケを体験しているうちに、「健常者の時のバスケとは違うな」と思い始めたそうです。

「一から車いすバスケを勉強していきたいと思った時に、同じ“一から”だったら、他のスポーツでもいいのかなって。そのタイミングで、下地さんから車いす陸上用のレーサーがあるよと言われて『じゃあ、ちょっと乗ってみようかな』と思ったら、陸上の方にどっぷり流れていっちゃいました(笑)」

写真:車いすの喜納選手(右)と、後藤リポーター(左)。二人ともマスクをしている。

ソーシャルディスタンスをとってお聞きしました。

―下地さんの、手のひらの上で転がされていたのかもしれませんね(笑)

「本当ですよ。怖いですよね。だまされたと思っていますから(笑)」


―他にも“だまされた”と思ったことがあったんですか?

「めちゃめちゃあります。一番は、車いす陸上の中でもマラソンの方に流されたことですね

バスケをやってた頃から、長距離が苦手だったんです。なので、陸上を始めるときには『短距離を』と話していたのに、『まあ、短距離もいいけど、もしかしたら長距離を走ることもあるかもしれないね』と言っていたんです。

でも、気づいたら、だんだん練習の距離が長くなって。私は、車いす陸上が初めてなので『こういうものなんだ』と思ってたんです。そうしたら、とうとうマラソンのエントリーがあって。そのころには、短距離よりもマラソンが楽しい!って、自分でもなっちゃっていました。振り返ると、下地さんの手のひらの上ですね。きれいに転がされています(笑)。

車いすマラソンには、長い距離の中にいろいろな楽しさがあって。長い時間走る分、考えることも多いですし、選手同士の駆け引きもある。走るようになってから、すごく魅力的な競技なんだなーって感じました」


下地コーチに聞いたところ、実は、喜納選手と出会った頃から「世界で戦えるのは短距離ではなくマラソン」と考えていたそう。ですので、時間をかけて、喜納選手をマラソンに導いてきたことになります。

写真:夜、両腕が地面と平行になるくらいにあげて車いすをこぐ喜納選手

レーサーをこいでいる時の腕が、その名の通り「翼」を広げているようでした!

喜納選手と下地コーチが出会って6年。強みはコーチとの信頼関係ですか?とストレートにお聞きしたところ

「時間で積み重ねてきた信頼っていうのは確実にありますし、更に、タイムも伸ばすことができている、というところも大きな信頼につながっていると思います」

自分の可能性を見つけてくれたー。そのことが揺るぎのない信頼につながっているのだと感じました。

③ タフな練習もこなし続けることができる精神力

そして練習を見ていて気づいたのが、ひとたび走り始めると「止まらない」こと。
ウォーミングアップを始めてから約1時間半、ノンストップで走り続けているのです。

ほかにも車いすの選手を取材させていただいていますが、休憩もとらずにずっと走り続けている練習は見たことがありません!

練習終わりにお聞きすると…

「確かに長いなあって感じることもあったんですけど、全然苦じゃないですね。でも、後藤さん短距離をやられていたんですよね?逆にすごいです。よ~いどん!でミスったら終わりじゃないですか?修正がきかずに、あの一瞬で終わる感じがさみしいし…」

写真:夜のトラックを走る喜納選手

メインメニューになると、それまでの楽しそうな表情から一変、キリッとスイッチが入ります

私が取材させていただいた2日間のメニュー。1日目はウォームアップで20分走った後、夜8時ごろから競技場が閉まる夜9時まで一定のペースで走る“ペース走”。次の日も、ウォーミングアップを20分ほどしたのち、練習開始から夜9時まで行う1000mの“インターバル”(1000mを走って、その後数分休憩でゆっくり走り、また1000mを走る、の繰り返し)でした。

「翼は、どんなメニューでも最後までこなすんですよ」と、下地コーチ。
あまりのキツさに、喜納選手は「…夜道は気をつけてくださいね」とコーチに(冗談で)言ったこともあるとか。

「ずっとスポーツをやってた後藤さんも分かると思うんですけれど、積み重ねれば、それが身になることはわかりますし、成績が出る・出ないは別として、やってきた過程というのは絶対ゼロにはならないと思っているんです。
そういうことを知っている分、日々きついし地味かもしれないですけど、次に見えてくる世界はどんなところだろう?って考えると、ワクワクしてくる自分もいて。そう思えば、続けることもそんなに苦じゃないですよね」

「次に見えてくる世界」はどんなところだろう?そんなワクワク感いっぱいの道を喜納選手の前に開いてくれたのが下地コーチであり、決して簡単ではないその道を走ることができるのは、喜納選手の前へ進みたいという心の強さなのだと感じました。

■2020年の締めくくりの大会

11月15日に行われた大分車いすマラソン。
今年は新型コロナウイルスの影響で、海外選手を招へいせず、国内の選手だけの参加です。
前日に選手全員PCR検査を受け、応援自粛要請のため当日は沿道の声援が少ないなど、例年とは異なる点がたくさんあった大会になりました。

来年の東京大会に向けて、喜納選手は「2020年の締めくくりの大会」と位置付けていました。

大会前日の記者会見では、

「目標のタイムは、世界記録ではなく、自分が去年の大分で出した記録(1時間35分50秒)を上回ることです。土田選手(※)と一緒に走る機会っていうのは、なかなかなくて…土田選手と走る喜びを感じながら、楽しんで走りたいと思います!」

と話していました。

土田和歌子(つちだ・わかこ)選手:1998年長野パラリンピックのアイススレッジで金メダル、2004年アテネ大会の陸上5000mでも金メダル、マラソンでは銀メダルを獲得し、日本選手として初めて夏冬両方のパラリンピックの頂点に。2017年からトライアスロンに挑戦しており、東京大会では異例の二刀流を目指す

写真:記者会見に臨んだ6人の選手たち。みなガッツポーズをしている。

結果は、土田選手が1時間39分42秒で優勝。喜納選手は、1時間41分24秒で2位でした。

試合後、話をお聞きすると…

「8か月ぶりの大会だったので『走れることって、こんなに楽しいんだなあ』と、改めて感じました」

写真

9Km付近の喜納選手(左)と土田選手(右)

序盤は、土田選手と先頭を入れ替わりながら進んだ喜納選手。約15km地点から始まる「テクニカルコース」と呼ばれるカーブが多い場所から、土田選手に遅れをとり始めました。
例年よりも、曲がる場所が狭く設定され、かなりの減速を余儀なくされます。

「コーナーでの立ち上がり(減速からの加速)が苦手で、少しずつ強化はしているんですが、まだ弱いなと感じました。離されないようにしようと思っていたのですが、離されてしまいました。土田選手はやっぱり強かったです!」

そもそも、喜納選手の強みである体格の良さ。別の見方をすると、中途障害ということもあり、その分どうしても体重が重くなります。そのため、スタートやカーブで減速してからの加速など「加速する局面」では重い分、トップスピードに戻るのが遅くなってしまうのだそう。
下地コーチが「短距離よりマラソン」と考えたのはこの理由。体格がいいため、腕が長い・筋肉量がある、ということと同時に、こうしたデメリットもあるのです。

写真:レース中の喜納選手

一方で、このコロナでの自粛期間にウエイトトレーニングを例年の3か月の倍、6か月行ったことで、筋肉量がアップ。自身が苦手とする登りでは手応えがあったと言います。

「きっついなあと思いながら登っていたんですけど、登り切った後の疲労感みたいなものは『あっ、前より楽だ!』と思いました。ウエイトをやってきた成果があったのかなと思います。でも持久力系のトレーニングが間に合ってなくて、という感じですね」

写真:笑顔の喜納選手

■そして、TOKYOへ

東京大会についてもお聞きすると…

「今まだ枠すら取れていないので、枠を取ってから考えようと思ってます」

喜納選手のマラソンランキングは現在4位。来年4月1日時点で現在のランキングを維持できれば、出場が決まります。

夢を決めて、そこから逆算するタイプの選手。目の前のことを着実に成し遂げた先についてくるものがあると考える選手。
喜納選手は後者のタイプだと思いました。

「そうですね、目の前のこと、ひとつひとつしっかりやっていきたいって。どうしても、遠くまで見ちゃうと今がおろそかになっちゃうタイプなので、なかなか器用にいけないんです。不器用だからこそ、地道さが身につきました(笑)。器用にトントンといけないから時間をかけてやっていかなきゃいけないんです」

取材の間、繰り返し喜納選手が話していたのは、「自分は強くない。周りの人が、環境がいいからなんです」ということ。
私は、喜納選手の周りに人が集まったり、環境が整ったりするのは、喜納選手自身に「ひたむきな」魅力があるからなのだと思いました。

写真

喜納選手が「かっこいい!」と目を輝かせて話してくださったレーサー。フルカーボンで軽い。

インタビューの最後に、車いすマラソンはどんな存在かと尋ねました。

「私にとって、車いすマラソンは“命(ぬち)ぐすい”ですね。頑張る源という意味があるんです。陸上に出会えたから、いろいろな人と出会えましたし、いろいろな舞台に立たせてもらっていますし。こうして楽しい毎日を送れているのは、私にとって、車いすになってから、車いす陸上を始めてからなのかな」

写真:マスクをしながら笑顔で、ぐっと親指を立てている喜納選手(右)と、後藤リポーター(左)


自分自身の“命ぐすい”と出会った喜納選手。
来年の9月5日、東京パラリンピックの最終日に、東京の街中を駆け抜ける喜納選手を見てみたい、そう強く感じました。

【関連記事】大分車いすマラソンに、懸けるー。(2020/11/10)

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December 09, 2020 at 09:53AM
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