日本の女性写真家のパイオニア、山沢栄子(1899~1995年)の回顧展が東京都写真美術館(目黒区)で開催されている。単身渡米し写真を学んだ後、自らの腕を頼りにポートレート撮影を主な生業としていた彼女が晩年たどり着いたのは、“カメラで描く抽象画”と言うべきユニークな作品群だった。独自の境地に至った背景を探る。(黒沢綾子)
鮮烈な色が目に飛び込んでくる。どこかユーモラスな作品も。よく見ると、写っているのはクシャクシャの紙や現像タンクのリール、レンガや瓶など身の周りのものばかり。
山沢が70代から80代にかけて制作した「What I Am Doing(私の現代)」は、作家としての集大成と言うべきシリーズ。対象の配置や角度、光の効果など、写真による造形の実験を重ねるうち、彼女は独自の「抽象写真」に行き着いた。高齢となり小さな空間での仕事に没頭した結果かもしれないが、彼女の鋭敏な感性、飽くなき冒険心を物語る作品群だ。
明治32年、山沢は大阪の比較的裕福な家に生まれ、幼少期から絵画に親しんだという。東京の私立女子美術学校では日本画を専攻。大正から昭和に変わる頃、単身サンフランシスコに向かった。美術学校で学ぶも、父の死去にともない学費を稼ぐため、女性写真家のコンスエロ・カナガの助手となったことが、人生の大きな転機となった。
1920年代の米国は好景気にわき、文化が隆盛した「狂騒の時代」。アルフレッド・スティーグリッツらが牽引した、近代写真の潮流に刺激を受けただろう。写真の面白さだけでなく、自立して働くカナガの姿にも憧れたに違いない。「山沢さんは直感力に優れ、猪突猛進というタイプだったようです」と話すのは同館の鈴木佳子学芸員。
帰国して昭和6年、山沢は大阪に写真スタジオを開く。米国仕込みの技とセンスが財界人や文化人の間で評判となり、ポートレートを主軸に商業写真家として成功した。
自らの芸術表現に集中し始めるのは、50代も半ばを過ぎてから。30年、カナガの誘いで米国を再訪し、ニューヨークに半年間滞在した。37年に出版した写真集「遠近」には、NYの街を活写したスナップとともに、木の幹のクローズアップなど、晩年の抽象写真への萌芽が見て取れる。抽象表現主義の絵画も大いに意識していただろう。
彼女の抽象写真は単なる造形の実験でなく、「もっと奥深いものを暗示しているのではないか」と鈴木学芸員は見る。本格的な検証は始まったばかりという。
「山沢栄子 私の現代」展は来年1月26日まで。月曜休(祝日は開館し翌日休)、12月29日~1月1日休。
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December 14, 2019 at 12:00PM
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