
去年、日本ではラグビー日本代表のスローガン「ONE TEAM」が「新語・流行語大賞」の年間大賞に選ばれました。実はアメリカでも、大手出版社が、毎年「ことしの言葉」を発表しています。去年、選ばれたことばは「they」です。「彼ら・彼女ら」を意味する「they」は、昔からあることばなのに、なぜ選ばれたのでしょうか。そして、このことばをめぐり、アメリカで巻き起こっている議論とは。
(国際部 記者 藤井美沙紀)
“they”とは?

実は、いま、アメリカでは「he(彼)」でもなく、「she(彼女)」でもない、性的マイノリティーの人たちに対して、「they」を使う動きが広がっているのです。
そして、1人でも「they」を使うのです。
「they」ということばを、2019年の「ことしの言葉」に選んだ辞書などを販売している大手出版社、メリアム・ウェブスターによりますと、アメリカには、性別を問わず、1人称として使う「thon」ということばがあったそうです。しかし、あまり使われず、辞書から削除されました。
その代わりに使われるようになったのが、「they」です。
もともと、特定の人物が男性か女性か分からない時に、「he」や「she」の代わりに使われていたこともあり、性的マイノリティーの受け皿として広がっていったといいます。
そして、この「they」を使う場合、動詞は複数形で、「youが1人の場合でもareという動詞を使うのと同じ」だと説明しています。
アメリカの女性議員が自分の子どもの代名詞を「they」だと公表したことや、イギリスのシンガーソングライターが自分を「they」と呼んでほしいと訴えたことなどが大きな話題となり、このことばの検索回数が大幅に増えたことなどから、出版社は「ことしの言葉」に選んだとしています。
学校で教える 新たな “they”

学校では、性的マイノリティーの生徒たちの性の尊厳を守ろうと活動をしています。そして、活動の中で、「they」という代名詞も使っているのです。

生徒たちはこのシールを胸に貼って、自分の名前と呼び方を紹介していきます。すると、数人の生徒が自分を「they」と呼んでほしいと声をあげました。

性別を間違えることで、相手の心を深く傷つけてしまうからだといいます。こうしたクラブ活動は、リベラルな州を中心に、さまざまな学校で行われています。
“they”をもっと広げたい

東部メリーランド州で大学教員を勤めるサクライさんは、3年前、性別の欄に、男でも女でもないことを意味する「X」と書かれた免許証を取得しました。

サクライさんは、「he」や「she」といった呼び方をされると、男でも女でもない自分の存在を否定されているように感じ、相手との距離を感じてしまうといいます。
また、性的マイノリティーについて知識のない人たちに、たびたび呼び方を変えるよう伝えなければならないのも大変だといいます。
サクライさん
「本当の私と、周りの人の私の見方が一致していない。こうした状況に私は動揺し、疲れ切ってしまうのです。相手が友達だったとしても、距離を感じてしまいます」
サクライさんは、「they」ということばの使い方が浸透することで、性的マイノリティーをもっと受け入れる社会が実現できると考えています。
根強い反対 割れるアメリカ社会
しかし、アメリカでは、「they」が広がる一方で、反対の声も根強くあります。キリスト教の保守派を中心に、性的マイノリティーを否定する人が少なくないからです。

「ギロチンにかけたほうがいい」。「精神を病んでいる」。サクライさんを取り上げたネット上のニュースには、心ないコメントが多く寄せられていました。
キリスト教 保守派「性別は神が定めたもの」

12月のある日曜日。50人ほどの信者が集まると、牧師は説教を始めました。その中で、性的マイノリティーについても触れました。

強い表現に驚きましたが、その後も、1時間半におよぶ説教のなかで、牧師は繰り返し性的マイノリティーを批判したのです。
こうした保守派は、「性別は神によって定められたもの」と強く考えているため、「they」には否定的なのだといいます。説教のあと、ある男性信者は、「聖書では、性的マイノリティーは危険だと教えています。男は男、女は女なのです、性別のない呼び方なんて絶対に使いません」と話していました。
賛否は真っ二つ
中には、「絶対だめ」という強い否定派もいれば、文法的な違和感から「理解することは重要だが、私なら名前で呼ぶ」という人もいました。「they」をめぐる議論は、データからも二分していることがうかがえます。

アメリカの世論調査機関、ピュー・リサーチセンターが、「they」などの性別を特定しない呼び方についてどう思うか聞いたところ、肯定派は52%、否定派は47%と、賛否が真っ二つに分かれていたのです。
身近なことばから広がる波紋

その結果、多くの性的マイノリティーの人たちが共感し、「they」など自分たちの呼び方を紹介する動画を投稿しています。

サクライさん
「わたしの最終目標は、より多くの人がこの問題に関わることです。“they”が広がることで、私たちが直面する問題の解決への第一歩になることを願っています」
「ことば」とその使い方をめぐる価値観が対立したときに、ことばを発する側と、ことばをかけられる側の、どちらが優先されるべきなのか。難しい問いだと感じます。
そしてそれが、みずからの存在に関わってくることであれば、なおさらです。
性的マイノリティーへの理解とともに、アメリカでこのことばがどのくらい浸透していくのか、引き続き注目していきたいと思います。

国際部 記者
藤井美沙紀
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February 07, 2020 at 05:27PM
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